今から43年前、山に囲まれたのどかな炭鉱町である生野町に、ヨーロッパ調の趣あふれる落ち着いた雰囲気の宿泊付きレストラン「生野高原レストラン カッセル」(以下、カッセル)が誕生しました。
カッセルの母体である精密ポンプを扱る上場企業「タクミナ」が、地域の方々の憩いの場かつ取引先を”おもてなし”するための施設として開業しました。
「いつも居心地がよく、心がホッとする場所」。「非日常空間なのに、全然かたくるしくない」。ご利用いただくお客様からは、こんな声が寄せられます。
約半世紀にわたり、生野町を見守ってきたカッセル。入社当時からレストラン事業に携わってきた支配人 山内さんと、副支配人 小林さんに、インタビューライターの視点からカッセルの魅力について語ってもらいました。
<話を伺った人>
【山内 隆】
支配人。朝来市神子畑地区出身、カッセル勤務25年。
【小林 智也】
副支配人。朝来市生野町出身。
故名誉会長の願いは「地域密着型のレストラン」
ーーレストランの名前になっている「カッセル」。まず名前の由来について教えてください。
“山内:ドイツの都市名です。ドイツはもともと精密機械が有名で、私たちの母体タクミナがポンプ製造業につき、故名誉会長や社長が、当時カッセル市を訪れていました。それをきっかけにカッセル市と親交を深めたようです。レストラン建設の話になった際、当時のカッセル市長公認で「カッセル」の名称を使用させていただくことになりました。
カッセル市自体も生野町と同じのどかな田舎で、内装はヨーロッパをイメージしたものとなりました。照明は、43年前からずっと使用しているものも。かなり古いものですので、毎回慎重にそうっと掃除しています(笑)。「レストランでずっと使ってほしい」といった声があり、大切にしています。”
実際にレストランの内観には、随所に現地へのリスペクトがあふれています。
小物ひとつとっても、歴史を感じられ、カッセルに携わった方の想いも伝わってくるようです。
ーーどうしてこの山奥に、落ち着いた雰囲気の高級レストランをつくるに至ったのでしょうか。
“山内:生野町は田舎で、当時背筋がピンとのびるような美味しいレストランがなかったんですね。タクミナ関連で外部からの取引先をおもてなしするような施設がないと困るといった理由から、“関西の迎賓館”をイメージして、会社でつくることになりました。
ただ「地元のための施設であってほしい」というのが、故名誉会長の心からの願い。地域密着型のレストランとして、雇用を生むためにつくった場所でもあります。
実際に私や小林も就職しましたし、地元の皆さんには、寄り合いや年末年始の集まり、結婚式など、地域のイベントの場としてレストランをご利用いただきます。基本的に、提供するお料理は洋食なのですが、地元の方には和食が喜ばれるため、どちらもお出しできるようにしています。 ”
上質な肉、新鮮な魚介類、美味しい米・地場野菜。すべてがそろう生野町
ーーカッセルのお料理へのこだわりを教えてください。
“山内:但馬牛や八鹿豚など、地場の食材をできる限り使わせていただいています。ここ最近は神戸牛も扱えるようになりました。ほぼ100%手づくりでご提供しています。料理長である足立(あだち)が、美味しさに相当思い入れがある職人ですので、工程にはいっさい手を抜いていません。そのあたりは全幅の信頼を寄せています。
また、「タクミナの迎賓館」といった意味合いもあり、いいものを手に届く価格で提供できるように企業努力している面もあります。他社に比べたらかなりのコストはかかっているのではと思いますね。
生野町は兵庫県の真ん中に位置しており、「どうして山に海の幸があるのか」と言われることもあります。時代が進み交通が発達したことで、日本海と瀬戸内海、どちらからも新鮮な魚介類が仕入れられるのは強みでもありますね。地元のお米も野菜も、本当に美味しいです。
ここは田舎なんですが、逆にこうやって上質な食材がたくさんそろう地域でもあります。そこがいいところだなと思います。”
ーーー地元の方々と良好な関係性を築くために意識されていることはありますか?
“山内:地元のお肉屋さんと提携して、オンライン販売のお肉をおまかせしています。その延長線上で、レストラン用にも質のいいお肉を仕入れさせてもらったりですとか。あとは、地元で開かれるゴルフ大会の賞品としてお願いしたり、冬はかにすきのセットを仕入れさせてもらうですとか、但馬の多彩な魅力を知っていただきたく、多方面にご協力いただいていますね。”
時が経てタクミナの本社は大阪に移転。会社の規模が大きくなってもなお、故名誉会長の地域の方を大事にしたいという想いを、カッセルは今でも大切に引き継いでいます。
若手時代は、なんでも手作りしておもてなし
山内さん、小林さんは、実に四半世紀に渡り、カッセルの変遷を見守ってきました。
二人にしか知り得ないお客様とのエピソードから、カッセルの魅力を紐解いていきます。
ーー山内さん、小林さんは、カッセルに携わって25年。当時と変わったこと、変わらないことはありますか?
“山内:私が入社当時は、ちょうどパソコンが普及しはじめた頃。何でもアナログで物事を進めていく必要がありました。ホールの給仕係はもちろんのこと、レストラン周辺の草刈り、大工仕事から土木仕事まで、必要なことは何でもやっていましたね。
小林と一緒に、テラスのウッドフェンスをつくって、アーチの装飾を施したり。テーブル天板も作ったんですよ。あと、ストーブのレンガもスタッフみんなで組みました。庭づくりもしましたね。とてもハードな毎日で、なぜこんなことまでしないといけないのだろうと、正直なところ思っていました。
でも振り返れば、すべて自分の身になっていますし、地域に貢献もできている。そして、何よりもお客様のおもてなしに繋がっているんです。”
“小林:一時は、「土木屋カッセル」とも呼ばれていました(笑)。スタッフみんなで楽しみながら過ごした日々でした。こんなに忙しいのに、合間をぬって釣りに遊びに行ったりしていましたね。”
しかし今は、あまり自分たちで手を動かせていないと、さみしげに二人の表情が曇ります。
“山内:やりがいのある仕事ではあるのですが、時代が許してくれなくなりました。時間外労働も当たり前だったので。でも私たちにとっては、お客様にどう居心地よく過ごしていただけるのかを考えた結果の行動だったんですね。今の姿は、「スタッフみんなで創り上げてきたカッセル」なんです。”
お客様へ差し出すさりげない心遣いとはーー。
気を遣わせないサービスは、がむしゃらに手を動かしたからこそ身に染みて理解できるもの。しかし、働き方のひとつとして後輩にそれを押し付けることはできません。山内さんはこのジレンマと終始向き合います。
カッセルは、古き良きコミュニケーションが生きている場所
ーーー山内さんや小林さんにとって、今のカッセルの一番の魅力とは?
“山内:良くも悪くも、時代に取り残されているところが魅力だと思いたいです。主たるお客様の年代は、40〜50代の方々。私たちと世代が同じで、多くの言葉を交わさずとも、ほど良い距離感でコミュニケーションをとれています。私たちは、オートメーション化された効率重視のサービスではなく、礼儀正しさを保ちつつ、人間味を感じるあたたかみのあるサービスを大切にします。時折、スタッフと日常会話をはさんで談笑するような。仲良く、押し付けがましくなく、自己満足でない。お互いに気持ちのいいコミュニケーションを目指したいんです。
例えば、ナイフを落としたお客様がいらっしゃったとします。すぐに気づいてナイフを差し出す行為は、一見すると正しいかもしれない。でもお客様は他の人に“失敗”を見られて、落としたことを「恥ずかしい」と思っているかもしれません。私たちは、お客様の「恥ずかしい」という気持ちを大事にしたいんです。
お客様の“失敗”に対して、どうお客様が感じて、その感情にふさわしい行動をとれるようにしていければと、思っています。”
このサービスが正解かどうかはわからない。
でもこれまでお客様が認めてくれてきたサービスを信じて、それをカッセルの良さとしてこれからも伸ばしていきたいと山内さんは笑います。
ーーー料理にこだわることで、お客様をお待たせすることもあると思います。そのときはどんな工夫を?
山内:料理は厨房に一任しているので、私たちが立ち入るところではありません。ただお客様の居心地の良さに影響してはいけないので、そのあたりは双方向に気を遣うようにしています。
小林:私たちが厨房の動きを観察しコントロールすることで、料理の提供スピードも全然違ってきます。このあたりは絶対に自動化できない部分。お客様にとってちょうどいいタイミングで、極力お出しするようにしています。ですので、「場を予測する力」は常に鍛えています。
山内:この緻密な気配りこそが、カッセルのサービスの醍醐味なのではと、自負しています。田舎のサービスでこれだけのことをやっていると、逆に敷居が高く、地元の方に「気軽に入れるところではないと思っていた」と言われることがあります。レンガ造りの外観だったり、お出しするお料理に高級なコース料理といった先入観で。
でも「勇気を出してレストランに入ってみたら、カレーライスやハヤシライスがあるし、気さくに料理を楽しめる場所だった!」と笑い合ったことがあります。
一見、重厚で落ち着いた雰囲気のレストランだけれど、そんなにかたくるしいところじゃないですよというのを、SNSで広めていけるといいのかなと今は思っています。
襟を正すところと、気さくさを感じる部分と。お客様から自然な対応を垣間見せてもらったら、フレンドリーなやりとりをしてホッとできる空気感をつくっていきたいですね。都会になじめなかった生野町周辺出身のスタッフばかりですので、基本的には人あたりは柔らかいと思います(笑)。
「スープうま!」というお客様の表情を見つけたら、「今がチャンス!」と話しかけるタイミングを見計らってお声掛けしているんです。私たちはそんなスタイルです。
かたくるし過ぎず、ほど良く居心地のいい時間を過ごしていただき、「日常とはちょっと違う、高級感も味わえる場所だったな、また来たいな」と思ってもらえるような空気感は、大事にしていきたいですね。
ーーカッセルの常連のお客様とのエピソードについて、教えてください。
“小林:お料理を食べにこられた際、私がいないときもあります。「この前いなかったよね」と言っていただくんです。気にかけてくださっているんだなと、うれしくなりますね。
こんなふうに、お料理だけではなくてスタッフに会いにきてくださる方が多いんです。スタッフの名前まで覚えてくれるレストランってそうそうないのでは? 料理はもちろんのこと、スタッフのコミュニケーションも含めてカッセルを気に入ってくださっているんだなと、感謝の気持ちでいっぱいですね。”
ーーカッセルには年齢層の幅広い方が、お客様として来られます。小学校に入る前の小さなお子さんだったり、高校生くらいの方など。どういったコミュニケーションを?
“山内:赤江というスタッフは、小さなお子さんが来られるとマジックを披露したり、バルーンアートをプレゼントしたりしていますね。小林は顔芸で、私はトークで勝負します(笑)。スタッフそれぞれが、得意な分野でコミュニケーションをとっています。
年齢に応じてこんなサービスが喜んでもらえるのでは?と、日々模索中。とにかく、お越しいただく皆さんに気持ちよく過ごしてもらえるよう尽くしていますね。”
アナログな接客に思い入れのあるカッセル。しかし、コロナ禍をきっかけにオンラインで発信する必要性も出てきたのではないでしょうか。
ーーーSNSなどオンラインツールを駆使して情報発信もしくはコミュニケーションをより図るのが当たり前の時代です。このあたりはいかがですか?
“山内・小林:(声をそろえて)それが、全然やり方がわからないんですよ(笑)。
山内:ずっとリアルでお客様の表情や仕草を観察しながら、密な交流を続けてきたので、オンラインになると全くもってさっぱりで。ね、時代に追いついていないでしょう?(笑) 個人でもInstagramやTwitterで発信するというのがどうしていいのかわからなくて、ずっと見る専門です。ダメですね。今は若いスタッフに、SNS運営を任せています。
小林:数年前までは電波も入らない場所だったんです。でもそれがお客様からは「携帯も鳴らないから、ゆっくりと過ごせる」と言っていただけていましたね。
ーーー逆に「オンラインに疎い」ことが強みになっているのでしょうか。これまでリアルな関係性での口コミで評判が広がっていたカッセルが、時代が変わると新しいお客様がSNSで発信してくれそれが口コミにつながって。形が変わっただけかもしれません。
“山内:そうですね。今の若い世代は、スマホで漫画を読むじゃないですか。電話よりもメールやLINEでのやりとりを好む傾向にあって。私にはそれができません(笑)。
小林:今の若い世代は、電話をとるのが苦手ですよね。一方で私たちは電話のほうが楽なんですけど。そういった感覚が違うなって思いますね。
山内:地元の方々は、変わらず電話してこられますから。どれだけ時代が進んでも昔ながらのスタンスは変わらないですね。”
ここまで山内さんと小林さんにお聞きしてきた「カッセルの魅力」。
二人とも「どうやったらお客様に喜んでもらえるのか」ーー。特にサービスの部分について熱く語る時間がとても長いのが印象的です。
ーーー今回は「カッセルの魅力」がテーマで、こだわりの料理や店内の雰囲気の裏側といったお話を聞けるものかと思っていました。でももっと見えない深いところ、言わば“カッセルとしての在り方”をお二人はずっと大事にされているようですが。
“山内:レストランとして、美味しいものをお出しする、一定のレベル以上のサービスを提供するのは僕たちにとっては当たり前のこと。だからわざわざ語ることではありません。それ以上に、お客様にどれだけ居心地良く過ごしていただくのか、お客様のかゆいところに手が届くのか、というところを突き詰めていきたいですね。
ただ、お客様が気づいてしまうあからさまなサービスは“気遣い”なんです。理想は“心遣い”。お客様に気づかれないほどのサービスを施して、すっと去っていけるのがベストですね。そんな誰も気にもしないような部分を、これからも大切にしていきます。”
ーーこれからのカッセルはどうあってほしいですか?
“山内:このまま時代に取り残されてほしいというのが本音です。私たちは地域や地域の人たちをずっと大切にしたいというスタンスで運営していますので、流行りに乗ったり、売上だけを追いかける経営だけは、これまでもこれからも、するつもりはありません。人と人とのつながりを大事にし、太く長く、地域とともに成長していければいいなと思っています。”
山奥でオープンして43年。カッセルのあたたかなおもてなし精神は今も変わらず、心の通ったコミュニケーションを大事にしています。常連のお客様も新しいお客様も、居心地よく心からホッとできる場所であってほしい。そう願いながら、カッセルのスタッフは今日もお客様をお待ちしています。